あの日から20年経ちました

アメリカの同時多発テロから今日で20年経ちました。

直接かかわった人もかかわっていなかった人もそれぞれのいろんな 想いがあると思います。

今日、真っ先に私の頭に浮かんだ言葉は Don’t be a Hero.

この言葉は2001年9月11日以前に毎年行われるEmergency Training(機内で緊急事態に備えてのトレーニング)でハイジャック対策の時に言われていたことです。

・相手の要求には素直に従う

・どんなことがあっても抵抗してはいけない(言葉でも行動でも)

・Don’t be a Hero

思い切った行動をすると、テロリストが刺激されて、最悪の事態を招いてしまう恐れがあるので、それを戒めるためです。

それが航空業界の常識でした。

それはハイジャックの目的は人を傷つけることではなく、海外逃亡だったり、捉えられてる仲間の解放であったり、はっきりとした交渉の目的があると 信じられていたからです。

ですから、コックピットに入るのは簡単でした。

国内線であれば、出発前のミーティング(ブリーフィングといいます)の時にノックの数を決めて、それでパイロットが施錠を解除する。

国際線であれば、乗務員全員がコックピットの鍵を持っていたので(仮眠をするための部屋に入るためです)、CAはその鍵を使って自由に出入りできました。パイロットもコックピットとキャビンを自由に行き来できました。

でも、911以降はそのような常識は180°変わって、決まった人以外はコックピットには入れなくなり、パイロットもキャビンに来ることはほとんどなくなりました。

最初のHeroの話に戻りますが、アメリカではテロに限らず、国家にかかわる何らかの事件や戦争、災害で殉職した兵士、警察官、消防士、その他、人のために命をなくした人たちをHeroと呼んで、その方たちの勇気と功績を称えることをします。多分ニュースや映画で観たことがある人もいらっしゃるでしょう。

私はアメリカに住んでいる時、その光景を観てとても違和感を覚えました。

亡くなった方たちの中にはどんなことをしても生き残りたいと思った人たち、愛する人たちの元に帰りたいと必死でもがいていた人たちもいたでしょう。それが叶わなかった絶望、哀しみ、憤り… それはHeroのイメージとはほど遠いものでしょう。その人たちの想いを無視して、私たちが勝手にHeroと称えてしまう。それは偽善ではないか。

そんな気持ちがありました。

でも、同時多発テロの後、様々な事実が明らかになり、機内では乗務員とお客様がテロリストと必死で戦っていたことが、家族との電話の記録でわかりました。その様子はドキュメンタリーや映画(United 73)にもなりました。

そして、合同メモリアルでそれぞれの人生の軌跡を知ることにより、やはり彼らはHeroと称えるべき人たちだと 心から思えました。

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20年経った今、この文章を書いていても、その時の感動、哀しみ、さまざまな感情が思い出されて胸が締めつけられます。

みなさんはどんな思いで今日を過ごされたのでしょうか。